取扱い天然石解説
糸魚川翡翠
- 鉱物名
- ひすい輝石の含有が90%以上の岩石
- 宝石名
- 糸魚川翡翠
- 主要産地
- 新潟県糸魚川市「ひすい海岸」と呼ばれる一帯
糸魚川翡翠宝石名の由来
糸魚川翡翠とはその名の通り、糸魚川市の海岸で採集される翡翠転石のことです。
原産地は小滝川上流の明星山であり、明星山の翡翠の塊が崖に転落し、長い年月をかけて川に流され海に到達したものです。
それが波によって海岸に打ち上げられるので、海岸で採集されるのです。
特有のぬるっとしたような鈍い滑らかさは川で転がり、荒波にもまれた摩耗によるものなのです。
糸魚川翡翠という名前から糸魚川が「川」のように思われますが、糸魚川は川の名前ではなく地名です。
※当店が扱う翡翠が日本の糸魚川市のひすい海岸で採集された翡翠のみとなりますのでミャンマー産翡翠の解説は割愛させていただきます。
翡翠という名前の難しさ
ひすいは宝石名・鉱物名において最も混乱を招いている石のひとつだといえるでしょう。
ここでもあくまでも糸魚川翡翠に主眼を置いて解説しますが「ひすい」と呼ばれるものは鉱物名ではなく宝石名です。
糸魚川の翡翠も通称であり、ひすいの定義はひすい輝石の含有が90%以上の岩石ということになります。
つまりひすいは鉱物であるひすい輝石(ジェダイト/Jadite)を含んだ「岩石」であり、鉱物名として「ひすい」は存在しません。
さらに事を厄介にしているのはネフライトというひすいに似た宝石の存在です。
ひすい輝石を含むひすい岩石を硬玉と呼ぶのに対しネフライトを軟玉と呼ぶことがあります。
確かに両者はそっくりであり、かつて人々はネフライトの良いものがひすいだと思っておりました。
その為かネフライトとひすいは同じものだと考えられてしまい、硬玉ひすいと軟玉ひすいと呼ばれる事態になりました。
ちなみにネフライトも緑閃石と透閃石の集合体であり、鉱物でなく岩石です。
英名ジェード(Jade)は緑色のひすいっぽい石を漠然と呼んでいる呼称であり、ひすい=Jadeではありません。
ひすいという名前の複雑さはこれだけにあらず。
「翡翠」という名前そのものもまた使用の際に注意が必要なのです。
太古の中国ではいわゆるネフライトが「玉」として重宝されてきたわけですが、17世紀にビルマから「ひすい」が持ち込まれます。
今まで見たことも無いような色鮮やかな緑色の石は白い「玉」に変わり、瞬く間に王族貴族を魅了しました。
彼らはこの緑の玉を白い玉の上位品と考え、中国で古来から神聖なる鳥とされてきたカワセミ(翡翠)に準えて「翡翠玉」と呼ぶようになりました。
それが日本に伝わった「翡翠」の語源だと言われております。
本来はカワセミ色を持つ玉(宝石)として伝われば混同も少なかったのかもしれません。
糸魚川翡翠の歴史と解説
では本来の主旨に戻りまして、糸魚川でのひすいの歴史を見てみましょう。
ひすい輝石は非常に特殊な環境下でしか生成されないため、世界的に見ても主要な産地はミャンマーのトーモー地区のみ。
ですが、実は日本でも産出があるのです。
それが上記の通り新潟県糸魚川市の海岸地域一帯なのです。
日本のひすい研究によると遥か5000年も昔、縄文人によって同地域にてひすいが発見されていたそうです。
万葉集の中にひすいに関する歌が詠まれているのはあまりに有名です。
(最もその当時は中国から「翡翠」が輸入される前ですから翡翠とは呼ばれておりませんが)
古代日本人はこの緑の石をアクセサリーに加工し、時の権力者達は好んで着用したと言います。
縄文時代には穴を開けて紐を通すだけだったものが弥生時代には勾玉に加工されるようになりました。
しかし隆盛を極めた日本のひすい文化は7世紀の頃になると突如歴史上から姿を消します(理由は諸説あり)
その後は19世紀にもなると中国からいわゆる「翡翠」が輸入されるようになり、翡翠は人々を惹きつけました。
まさかそれが我らが日本でも産出するとはつゆ知らず…。
さて糸魚川の翡翠の「再」発見は1939年のこと。
糸魚川市に住む伊藤栄蔵氏が小滝川支流で発見した緑の転石を東北大学の河野義礼教授が調べた結果、それが翡翠だと認定されたのです。
その後は相次いで転石が発見され、その他の多くの研究者の努力により転石群の生まれ故郷である明星山までを突き止めたのです。
2008年には糸魚川市が翡翠を市の石とし、2016年には日本地質学界が新潟の石に選定しています。
そして皆様ご存じでしょうか。 2019年現在、日本の国石は翡翠なのです。
糸魚川翡翠の真贋?(天然と人工処理)
そんな翡翠ですが、真贋を記載するもの嫌気なほど。
そこにはまず名前の真贋があるからなのです。
上記の通り翡翠と一般的に呼んでいるものは「ひすい輝石」であり、ひすい輝石を90%以上含む岩石のみ「翡翠」と認定されます。
現在翡翠には「軟玉」と呼ばれるものがありますが、これはネフライトです。
石自体は天然のものですが、ひすいと呼ばれるべきものではありません。
また、翡翠に似た石は非常に多くございます。
ネフライトを筆頭に変斑糲岩、クォーツァイト、ロディン石等、これらはひすい海岸一帯でもひすい輝石にまざって存在します。
というよりもひすい海岸においては翡翠でないとてもよく似た99.9%の岩石達の中からひすい輝石を見つけ出さねばなりません。
また高額に取引される石ほど処理を施して高いものに見せかける宝石が登場するのは宝石界の常識です。
ワックスや樹脂の含浸処理およびコーティング処理、着色脱色、加熱処理。
翡翠には実に様々な処理が施される可能性がございます。
しかしご安心を。
翡翠はさしたる鑑別機関であれば鑑別や処理の有無を調べやすい石でもあるのです。
気になる翡翠をお持ちの場合は鑑別や同定を依頼してみるのも良いでしょう。
特に中国で購入したような翡翠は要注意です。
糸魚川翡翠においては、最も気になるのは産地偽装ではないでしょうか。
つまり糸魚川産でない、例えばミャンマー産の低質翡翠などを糸魚川と謳って販売している可能性は否めないということです。
信頼できる業者で買う、というのが現状においては最良の防衛手段と言わざるを得ません。
処理を加えられた翡翠は糸魚川産においては比較的少ないものと思われます。
糸魚川翡翠のグレード評価基準
糸魚川翡翠のひすい輝石がほとんど海岸で見つかる転石であるということもあり、ミャンマー産翡翠とは評価基準が少々異なります。
ミャンマー産は様々な色相を見せますが、糸魚川産のものは緑・白・ラベンダーが主になります。
糸魚川産においていわゆる「ろうかん」翡翠のような透明感ある深い緑のものを手に入れることは不可能です。
(以前はひすい輝石の原産地である白鳥山で産出したそう)
現状手に入るものは白から緑に掛かる色がほとんどで、単純に緑が鮮やかで濃い/強いほど価値が上がる傾向にあります。
稀に見られるラベンダーカラーも大変に人気です。
何よりもそれが糸魚川産、つまり日本の翡翠であることが最大の価値ではないかと思います。
糸魚川翡翠着用・取扱いの注意点
前記の通り小さな結晶の集合体であるひすいですが、なかなかにアクセサリに適した宝石でもあります。
硬度は6.5-7程度、トゥルンとした表面は艶やかで傷つきにくいです。
過度な信頼は禁物ですが、大きな衝撃等がない限りは表面が傷つく可能性も低いです。
日光や熱、汗や油分での劣化・退色もなく、身につけやすいでしょう。
しかしすべての天然石同様、優しく取扱い柔らかい布で定期的に拭いてあげるなどのメンテナンスは必要です。
※糸魚川翡翠の解説を記載するにあたり、飯田孝一先生著書「翡翠」を大変参考にさせて頂きました。
翡翠を知るならこの一冊、といえる文献ですので興味ある方は是非ご一読下さい。